「塔」誌の初校について
昨日1/8は塔の結社誌の初校日で、またも浅草橋へ行ってきました。
(撮ったはいいが使いどころがなかった画像)
で、校正というものをご紹介したいので、2015年の塔4月号掲載の
「東京初校レポ―ト」を転記いたします。
てっ手抜き記事じゃないですよ!手抜いてるけど!
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結社誌「塔」が出来上がる迄には、幾つもの過程があります。メール送信のデータを取り込んだりした校正刷り(通称ゲラ)を原稿とつき合せ、誤植の有無を調べるものです。最初の校正の「初校」、初校から戻り刷り直されたゲラ「塔」初校は全国各地で手分けして同日に行われ、関東では東京の「中央区産業会館」で行われます。東京初校はもう十数年行われており、当初はごく少人数で、喫茶店のスペースを借りていたそうです。現在、校正には東京・神奈川・埼玉・千葉から有志が集まります。かつては花山多佳子さんや小林幸子さんも、ご多忙の間を縫って参加して下さいました。ここ数年は校正人数が確保でき、選者無しの実施が殆どです。また平成二十六年、東京での取りまとめ役が、長く務めて下さった佐藤南壬子さんから北神照美さんに交代となりました。ゲラはまず、京都の松村編集長のもとに納品されたのち仕分けされ、全国各地の校正拠点へ校正前日指定の宅配便で分配されます。確実に受け取らないとならない為、配送日は外出もままならないのだそうです。初校当日は毎月ほぼ第二週の金曜、午後一時から数時間。全国大会の詠草集など、イレギュラーの校正も入ります。河野裕子追悼号や『塔事典』の発行の際には、月に二回集まりました。校正メンバーは手分けして原稿とゲラを見比べ、誤植があれば赤鉛筆で書きこんでいきます。最低でも二名が目を通し「素読み」というゲラのみを読むチェックも行います。会員住所録を頼りに、人名にも気をつけます。引用歌の間違いや、崩し字・略字等、判読の難しい原稿が悩みどころです。固有名詞や慣用句、旧仮名遣いの明らかな誤りは直しますが、基本的には原稿を極力生かすようにしています。初校を終え、ページ順に整えられた原稿とゲラはその場で袋詰めされ、宅配業者の集荷所へ持ち込まれて、京都の編集長宅へ送付されます。日程厳守です。去る平成二十三年三月の校正最中に、東日本大震災が起こりました。東京でも揺れは大きく、交通機関が麻痺しました。ですがその日も佐藤さんが冷静に状況を判断し、責任を持って原稿とゲラを預かって下さったことなども思い起こされます。校正は集中力を要し、眼も脳も疲労する作業です。しかしいち早く誌面を読めたり、新たな知識を得たり、会員の直筆を知り、より身近に感じる喜びもあります。そして結社誌は、会費を納めさえすれば自動販売機のように出てくるものではないのだ、と痛感するのです。塔の新体制(※吉川宏志氏の主宰就任後の体制)のもとでも、東京初校メンバー一同協力し合い、 より誤植の少ない誌面作りのお手伝いをしていきたく思います。
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「塔」は会員1000人以上の大きな結社ですが、運営は全国の会員ひとりひとりの自主的
な協力・参加によって成り立っています。受身だけではなかなか活動できません。
これは塔に限らず、ほとんどの短歌結社に共通することだと認識しています。
もし、今後いずれかの結社への所属をお考えの方が当記事をご覧になっていらした
ら、どうかこのことをお心に留めておいて頂ければ幸いです。
塔東京平日歌会(2016年1月)
1月6日、今年はじめての歌会へ参加してきました。
東京の中央区で毎月第一水曜、定期的に開かれている歌会で、
私は塔に入会後に参加して断続的にほぼ10年、
ここ5、6年はだいたい毎月出席しているように思います。
でも年々記憶が曖昧になるので、blogに残しておこうという魂胆です。
会場は中央区産業会館の会議室。私の下車駅は都営地下鉄浅草橋です。
歌会にはほぼ毎回、塔の選者が参加してくださいます。
今月は花山多佳子さんと小林幸子さん。
ラスボスサチコではなく、ユキコさん。
ザクセンハウゼン・アウシュビッツ収容所が題材の一連を中心とした
第六歌集『場所の記憶』で葛原妙子賞 も受けていらっしゃいます。
今回の歌会中には花山さんの近著、『森岡貞香の秀歌』の紹介もありました。
一昨年までは栗木京子さんもよくお見えでしたが、いまはご多忙とのこと。
このお三方を私はとても信頼しているので、いそいそ都内まで繰り出すわけです。
歌会の会費は一回500円。選者のかたもお納めになります。
ひとりひとりに会費で購入したお菓子が用意されています。
(N田A子さんありがとうー)
今回の参加者は28人。昨年の延べ人数は376人だったそう。すごい。
平日昼という時間帯なので、参加者は主婦や退職後の方がほとんどで
40代の私ですら最年少世代です。
詠草はひとり自由詠一首を係の会員に事前提出しておき、
当日、まとめてコピーしていただいた詠草集が配られます。
それを元に13時から17時まで、途中15分の休憩をはさんで進行していきます。
選歌(この歌が良いという投票・集計)はありません。
冒頭から一首ずつ参加者数人が評し、選者がまとめる形です。
今回、一首あたりの所要時間は6分ほどでしたが、
議論が紛糾する歌など、往々にして時間オーバーします。
真剣ですがしばしば笑いも起こる、和やかな雰囲気です。
歌会をはたから見れば、広い部屋に老若男女(老多め女多め)がずらりと着席し、
謎の紙を見ながら、あれこれ言いあったり書きとったりしている、
ちょっと奇妙な光景かもしれません。
うららかな晴天の昼下がりなど、部屋に閉じこもって何時間も
私、なにやってるんだろう。。。といまだに思います。
楽しいんですけれど。
さて、私が提出した歌は
くらがりは吾のうちにあり胸深く破魔矢いだきて境内をゆく
「うたの日」の昨年12/28のお題「魔」へ投稿した詠草、
吾のなかにくらやみはあり胸深く破魔矢いだきて境内をゆく
を推敲したものです。
私はときどき、異なる歌会へ同じ詠草を提出します。
歌会の空気感や参加者の層により、評が異なってくる場合がしばしばあり
自作をより多角的に捉えられるのでは、という試み(企み)からです。
上記の歌は「うたの日」ではありがたいことに好評で、花束も頂戴しました。
なので「いい歌できたぜドヤァン」という気持ちも正直あったのです。
しかし、平日歌会ではバッサバッサと評されました。
*意味ありげ、思わせぶり、オーバーなだけで、歌としてはつまらない
*くらがりとは神秘性、敬虔な気持ちではないか
*人間は誰しもが表に出さない悩みや迷い、暗い感情などを隠しているので、
初句は言わずもがな。「ああそうなんですか」で終わる
*初詣の行きか帰りか昼か夜か、状況がわからない
*くらがり・うち・胸深く・いだく・境内など、イメージの重なる、
深度のふかい単語が並び、言葉の重みに頼りすぎて無理がある
等々。
花山さんの総評は
「破魔矢はふつう外に向かって厄を払うものだが、自分のなかに魔があるので
矢を内側に向けるというのは、辻褄が合い過ぎ、理が通り過ぎている。
場所も境内より、むしろ街中などのほうがさりげなくて良いのでは」とのこと。
うううううう。
このように歌会では、自作へ厳しい評を受けたり、他の作品をしっかり読み解けなかったり、自分の発言が的外れだったりで、気落ちすることもあります。
私はほぼ毎回、ズドーンとうなだれ、地にめりこみそうになりつつ帰ります。
それでも繰り返し足を運んでしまうのは、自分では気づけなかった歌の瑕と
これから為すべきことが見えるからでしょう。
他者の眼を借りられる、とても貴重な場だと思うのです。
そして、新鮮な歌や魅力的な言葉に出会うと、むしょうに嬉しくなります。
今回は「梨ノート」と「恒沙の星」というフレーズが好きでした。
いずれ塔誌上に出るのを楽しみにしています。
そんなわけで私はまた懲りもせず、東京平日歌会へ行くのでした。
「うたの日」について
うたの日というサイトがあります。
2014年4月1日に開設され、オンライン上の歌会が毎日開催されています。
ネット環境があれば誰でも簡単に参加できる、大変ゆきとどいたシステムです。
毎日、数十~100名近い参加者で賑わっています。
運営は「のの」さんというウィットに富んだ女性で、サイトのあちこちに
遊び心が感じられます。
うたの日の歌会では、日替わりのお題にそった短歌を送信すると、
定時に匿名の詠草集として掲示されます。
それを見て自分の気に入った歌(特選・LOVE、❤ハート)
もしくは(並選・LIKE、♪音符)に投票します。
任意の歌に評やコメントを付けることも可能で、
時間が来ると作者名と集計結果が発表される仕組みです。
投票や評は必須ではありませんが、投票すれば自分の詠草に得点がプラスされます。
毎日の歌会で花束(首位)を獲得した人たちによる、選抜制の月間歌会
「うたの人」は、評が必須のこともあり、特に充実していたと思います。
私はtwitter上でうたの日の存在を知り、昨年5月から12月末まで、ほぼ毎日参加していました。
ホームグラウンドである結社を離れての自分の腕試しと、
さまざまな作風の歌を見てみたい、というのが参加理由でした。
うたの日に出詠される作品は玉石混交だったというのが、率直な感想です。
良くも悪くも、特選がなかなか選べない回が多くありました。
<うたの日の理想は、「誰でも飛び入り参加できる草野球を毎日やってる原っぱ」です。>
とつぶやいていらっしゃるのをみて、納得しました。
歌や評の優劣、巧拙より、誰もが自由に参加して短歌を楽しめるのが一番ということ。
そのなかで感性や技術を鍛え、学びあい、お互いに磨きあっていければいっそう良い。
そして草野球よりも<上手い>プロ野球や大リーグに価値があるかというと、
必ずしもそうではないと思います。
ののさんには
<プロ野球選手は、草野球に腹が立つことあるのかなー。ないと思うなー。>
というつぶやきもありましたが、これもなかなか含蓄のある言葉です。
苦しみながらも楽しみ、よい作品に出会えることを互いに喜びあう。
それは短歌に関わる基本姿勢だと、私は捉えています。
私には塔短歌会という基盤、発表の場があります。
結社はいうなれば、社会人野球チームくらいの位置でしょうか。
うたの日にお邪魔するのはそろそろ潮時だと感じ、参加をとりやめましたが
毎日のお題に沿った歌を考えること、ほかの作品への評を書くことで
歌の基礎体力をつけていただけたと、とても感謝しております。
またこまめに覗かせていただきます。
なお蛇足ながら申し上げますと、多数の票を集め花束を獲得した歌は
必ずしも絶対的秀歌ではないと思います。
これはどの歌会でも共通して言えることですし、
あまり結果に拘泥しないほうがいいのでは、と考えています。
花束数がポイントのように集計され貯まっていったり、
うたの人では得票数により刻々と順位が入れ替わっていくのが見えるのが
うたの日の面白味でもありますが、それはあくまで余禄として捉えたいです。
そして短歌に<勝ち負け>は無い、という私見をお伝えしておきます。
塔短歌会への入会
会費振り込み等の手続き後、同年11月号の「新入会員紹介」欄に名前が載り、
月詠(毎月提出する短歌作品)の掲載は12月号からでした。
塔誌は一般の雑誌のように月を先取りせず、11月号なら11月に発行されます。
会員の自宅に配送されるのは毎月15日前後です。
活字になった自分の名前をみて、とてもどきどきしたのを今でも覚えています。
任意で短文の自己紹介がつけられるのですが、私は
「昨年より短歌を始めたばかりです。まだまだ勉強不足ですが、
精一杯学んでいきたいと思っております。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」
と書いています。
ガッチガチに緊張している……。
同月の入会者は15人。
相原かろさん・佐藤陽介さんのように、
当時から同期生として意識しあっている仲間もいますし、
正直、お名前を存じ上げない方もいらっしゃいます。
もう誌面にお見かけしない方も、逝去された方も。
10年という歳月です。
紹介者として、河野裕子さんの名前がある新入会員も幾人か。
河野さんは雑誌や新聞歌壇の投稿者・カルチャースクールの生徒さんに
「これは!」という無所属のかたがいると、片っ端から声をかけ、
入会勧誘の電話をし、こまめに葉書もお出しになっていたそうです。
「河野裕子の絨毯爆撃」の異名があったとのこと。
ちなみに私は未来短歌会の笹公人さんに勧められ、塔に入会しました。
進行する病と対峙する歌たちが、当時の塔誌に残っています。
彼女とは直接の交流はありませんでしたが、いつも作品を拝読しており、
訃報は残念でなりませんでした。
いずれこのブログで、原さんの歌も紹介していければと思っています。