「うたの日」について
うたの日というサイトがあります。
2014年4月1日に開設され、オンライン上の歌会が毎日開催されています。
ネット環境があれば誰でも簡単に参加できる、大変ゆきとどいたシステムです。
毎日、数十~100名近い参加者で賑わっています。
運営は「のの」さんというウィットに富んだ女性で、サイトのあちこちに
遊び心が感じられます。
うたの日の歌会では、日替わりのお題にそった短歌を送信すると、
定時に匿名の詠草集として掲示されます。
それを見て自分の気に入った歌(特選・LOVE、❤ハート)
もしくは(並選・LIKE、♪音符)に投票します。
任意の歌に評やコメントを付けることも可能で、
時間が来ると作者名と集計結果が発表される仕組みです。
投票や評は必須ではありませんが、投票すれば自分の詠草に得点がプラスされます。
毎日の歌会で花束(首位)を獲得した人たちによる、選抜制の月間歌会
「うたの人」は、評が必須のこともあり、特に充実していたと思います。
私はtwitter上でうたの日の存在を知り、昨年5月から12月末まで、ほぼ毎日参加していました。
ホームグラウンドである結社を離れての自分の腕試しと、
さまざまな作風の歌を見てみたい、というのが参加理由でした。
うたの日に出詠される作品は玉石混交だったというのが、率直な感想です。
良くも悪くも、特選がなかなか選べない回が多くありました。
<うたの日の理想は、「誰でも飛び入り参加できる草野球を毎日やってる原っぱ」です。>
とつぶやいていらっしゃるのをみて、納得しました。
歌や評の優劣、巧拙より、誰もが自由に参加して短歌を楽しめるのが一番ということ。
そのなかで感性や技術を鍛え、学びあい、お互いに磨きあっていければいっそう良い。
そして草野球よりも<上手い>プロ野球や大リーグに価値があるかというと、
必ずしもそうではないと思います。
ののさんには
<プロ野球選手は、草野球に腹が立つことあるのかなー。ないと思うなー。>
というつぶやきもありましたが、これもなかなか含蓄のある言葉です。
苦しみながらも楽しみ、よい作品に出会えることを互いに喜びあう。
それは短歌に関わる基本姿勢だと、私は捉えています。
私には塔短歌会という基盤、発表の場があります。
結社はいうなれば、社会人野球チームくらいの位置でしょうか。
うたの日にお邪魔するのはそろそろ潮時だと感じ、参加をとりやめましたが
毎日のお題に沿った歌を考えること、ほかの作品への評を書くことで
歌の基礎体力をつけていただけたと、とても感謝しております。
またこまめに覗かせていただきます。
なお蛇足ながら申し上げますと、多数の票を集め花束を獲得した歌は
必ずしも絶対的秀歌ではないと思います。
これはどの歌会でも共通して言えることですし、
あまり結果に拘泥しないほうがいいのでは、と考えています。
花束数がポイントのように集計され貯まっていったり、
うたの人では得票数により刻々と順位が入れ替わっていくのが見えるのが
うたの日の面白味でもありますが、それはあくまで余禄として捉えたいです。
そして短歌に<勝ち負け>は無い、という私見をお伝えしておきます。
塔短歌会への入会
会費振り込み等の手続き後、同年11月号の「新入会員紹介」欄に名前が載り、
月詠(毎月提出する短歌作品)の掲載は12月号からでした。
塔誌は一般の雑誌のように月を先取りせず、11月号なら11月に発行されます。
会員の自宅に配送されるのは毎月15日前後です。
活字になった自分の名前をみて、とてもどきどきしたのを今でも覚えています。
任意で短文の自己紹介がつけられるのですが、私は
「昨年より短歌を始めたばかりです。まだまだ勉強不足ですが、
精一杯学んでいきたいと思っております。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」
と書いています。
ガッチガチに緊張している……。
同月の入会者は15人。
相原かろさん・佐藤陽介さんのように、
当時から同期生として意識しあっている仲間もいますし、
正直、お名前を存じ上げない方もいらっしゃいます。
もう誌面にお見かけしない方も、逝去された方も。
10年という歳月です。
紹介者として、河野裕子さんの名前がある新入会員も幾人か。
河野さんは雑誌や新聞歌壇の投稿者・カルチャースクールの生徒さんに
「これは!」という無所属のかたがいると、片っ端から声をかけ、
入会勧誘の電話をし、こまめに葉書もお出しになっていたそうです。
「河野裕子の絨毯爆撃」の異名があったとのこと。
ちなみに私は未来短歌会の笹公人さんに勧められ、塔に入会しました。
進行する病と対峙する歌たちが、当時の塔誌に残っています。
彼女とは直接の交流はありませんでしたが、いつも作品を拝読しており、
訃報は残念でなりませんでした。
いずれこのブログで、原さんの歌も紹介していければと思っています。