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ウォータープルーフ

waterproof /沼尻つた子

べべさん

こんにちは。

やる気元気根気があるうちに更新しておきます。

 

去年から、歌会や勉強会など短歌関係の集まりには

なるべく和装で出かけています。

以前よりきものを着る暮らしに憧れてはいたのですが、

自装(自分で着付けをすること)となると、生来の不器用さと物覚えの悪さで

尻込みしていました。 

実家の母は着付けの免状持ちですけれども、

無駄に背があり骨ばった私の着付けは、だいぶ厄介だそうです。

 

ですが去年、転居と娘が中学校に進学したのを潮に、

浴衣からはじめてちまちまとお稽古し、数々の失敗もし、

半年でなんとか自分で着られるようになりました。

きもの姿は会う人や、時には通りすがりの見知らぬ人にまで

褒めていただけたりするので、下手なりに励みになります。

 

私が着物をきたいと強く願ったのには、きっかけがありました。

2009年の角川全国短歌大賞です。

私はこのとき「与謝野晶子短歌文学賞姉妹賞」に選ばれ、

授賞式には一張羅の訪問着を、母に着せてもらって出席しました。

それまでも着物は好きでしたが、成人式以降は友人や親族の結婚式で着る程度でした。

 

会場に、選考委員のひとりである河野裕子さんがいらっしゃいました。

淡い色の着物をお召しになり、内側からほのかに発光しているようでした。

私は塔に入会して二年、お会いするのは夏の全国大会以来、二度目でした。

ご挨拶すると、小柄な河野さんは長身の私を見上げ、目をみひらき、

「まあー、べべさん」「きょうはべべさん」「いいわねえ、きれいねえ」

ふわふわと笑みながら澄んだ声をあげ、幾度も仰いました。

関東育ちの私は「べべ」が着物のことと気づくまで、ちょっと時間がかかりました。

 

あのときの河野さんの、からだに絹が吸いつくような着姿と

童女のような笑顔が、忘れ難かったのです。

そして河野さんは既に、癌が再発していた頃でした。

 

あんな自然な着こなしができるようになるまでには

あと20年30年、もしかしたら一生かかるかもしれません。

だけど、耳の奥に小さく置かれた「べべさん」をよみがえらせたくて、

私は着物をきるのです。

 

さて、受賞した歌はこちらです。

 

 ケイタイを両手にはさみ霜月のメールをとじる押し葉のように

 

当時は二つ折りタイプの携帯電話、いわゆるガラケーが主流でした。

あれから8年が経ってスマートフォンが普及し、

早くも意味の取りづらい、すこし古びた歌になってしまいました。

ですが、河野さんの言葉と同じく、私にとってずっと大切な歌です。

 

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 当時の冊子に掲載された写真です。

そして授賞式は平成21年の、3月11日でした。

今年も3月が巡ってきます。