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ウォータープルーフ

waterproof /沼尻つた子

第一歌集『ウォータープルーフ』

ご無沙汰しております。

このたび、沼尻つた子の第一歌集

『ウォータープルーフ』を青磁社より上梓いたしました。

発行日は2016年9月7日、私の父の祥月命日です。

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作歌をはじめて10年間の作品をまとめました。 

200頁、404首を収録です。

タイトルはこのblogの由来でもある中城ふみ子賞次席連作からとり(作品は未収録)、

歌壇賞次席「温度差の秋」、同候補作「雨に勤める」(ワーキング・イン・ザ・レイン

から改題)、塔作品特集第一席「忘れる木偏」、塔新人賞受賞「あたたかな灰」等を

含みますが、大幅に推敲・改編をしております。

栞として、心の花の伊藤一彦氏(「沼の縁より、さらに底へ」)

未来短歌会の服部真里子氏(「短歌を書くということ」)

そして塔短歌会主宰の吉川宏志氏(「物が見え過ぎる眼」)が

それぞれ身に余る文章をお寄せくださいました。深く感謝いたします。

出版に際しまして永田淳さん、装丁は花山周子さんにご尽力いただきました。

通販は青磁社へのメール注文、ウェブ書店Amazonにて、いずれも送料無料です。

Amazonは在庫切れ表示でも、ご注文しだい順次入荷・発送がされます。

また、紀伊國屋書店(新宿本店)、葉ね文庫(大阪)三月書房(京都)でも

取り扱っていただきます。本体1700円+税です。

お手に取っていただければ幸いです。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

*自選*

吾にふたつ静かの海のあるごとし永久脱毛ほどこしし腋

姉弟はひたいを寄せて待ちており絵本のなかに月が昇るを

履歴書を三味線として流れゆく瞽女(ごぜ)であるなり派遣社員

PTA総会終えてママという蒸れた着ぐるみのチャックを下ろす

担任に添削されたる詩をひとつ裏の畑に燃した夏あり

ホスピスの通路を父と腕組んでバージンロードのように歩いた

伊那谷の底(そこい)に白き川はあり吾を産む前の母を泳がす

借りたての部屋に横たえる 神様という大家にいつか帰す体を

店員用Tシャツに「がんばろう日本!」自分では読めぬ背中へ刷らる

放射性物質は蛍、放射線蛍の光という比喩に会う

新聞が新聞紙となる明けがたに行方不明者は死者へと変わる

捨ててきた「もし」の種から咲く花はあんなにきれいで見てはいけない

酔うたまま眠りしひとの頬を舐め麒麟はラベルへと戻りたり

浅いカップ分厚いコップ汚しつつドリンクバーへ向かう 生きたい

 

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(モデルはわが家の飼いねこ、雌1歳です)

Amazon CAPTCHA

 

べべさん

こんにちは。

やる気元気根気があるうちに更新しておきます。

 

去年から、歌会や勉強会など短歌関係の集まりには

なるべく和装で出かけています。

以前よりきものを着る暮らしに憧れてはいたのですが、

自装(自分で着付けをすること)となると、生来の不器用さと物覚えの悪さで

尻込みしていました。 

実家の母は着付けの免状持ちですけれども、

無駄に背があり骨ばった私の着付けは、だいぶ厄介だそうです。

 

ですが去年、転居と娘が中学校に進学したのを潮に、

浴衣からはじめてちまちまとお稽古し、数々の失敗もし、

半年でなんとか自分で着られるようになりました。

きもの姿は会う人や、時には通りすがりの見知らぬ人にまで

褒めていただけたりするので、下手なりに励みになります。

 

私が着物をきたいと強く願ったのには、きっかけがありました。

2009年の角川全国短歌大賞です。

私はこのとき「与謝野晶子短歌文学賞姉妹賞」に選ばれ、

授賞式には一張羅の訪問着を、母に着せてもらって出席しました。

それまでも着物は好きでしたが、成人式以降は友人や親族の結婚式で着る程度でした。

 

会場に、選考委員のひとりである河野裕子さんがいらっしゃいました。

淡い色の着物をお召しになり、内側からほのかに発光しているようでした。

私は塔に入会して二年、お会いするのは夏の全国大会以来、二度目でした。

ご挨拶すると、小柄な河野さんは長身の私を見上げ、目をみひらき、

「まあー、べべさん」「きょうはべべさん」「いいわねえ、きれいねえ」

ふわふわと笑みながら澄んだ声をあげ、幾度も仰いました。

関東育ちの私は「べべ」が着物のことと気づくまで、ちょっと時間がかかりました。

 

あのときの河野さんの、からだに絹が吸いつくような着姿と

童女のような笑顔が、忘れ難かったのです。

そして河野さんは既に、癌が再発していた頃でした。

 

あんな自然な着こなしができるようになるまでには

あと20年30年、もしかしたら一生かかるかもしれません。

だけど、耳の奥に小さく置かれた「べべさん」をよみがえらせたくて、

私は着物をきるのです。

 

さて、受賞した歌はこちらです。

 

 ケイタイを両手にはさみ霜月のメールをとじる押し葉のように

 

当時は二つ折りタイプの携帯電話、いわゆるガラケーが主流でした。

あれから8年が経ってスマートフォンが普及し、

早くも意味の取りづらい、すこし古びた歌になってしまいました。

ですが、河野さんの言葉と同じく、私にとってずっと大切な歌です。

 

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 当時の冊子に掲載された写真です。

そして授賞式は平成21年の、3月11日でした。

今年も3月が巡ってきます。

 

 

選者のいる歌会・いない歌会

こんにちは。

2月は慌ただしく、更新の間が空いてしまいました。

アクセスを見ますと、毎日ちょこちょこ覗いてくださる方々もいらして、

感謝しております。また時間をみつけて書いていきたいと思います。

よかったらおつきあいください。

 

さて、2月21日は「塔」の東京歌会に参加してきました。

花山多佳子さん・小林幸子さん・真中朋久さんと、三人の選者がそろう豪華版で

参加人数も24名と多すぎず、充実した評を伺うことができました、

 

改めて考えるとこれまで、のべ200回を超す歌会に出てきました。

(ここでの歌会とは、参加者が会場で直接顔をあわせる形式の

いわゆる生歌会・リアル歌会を指します)

そのなかには選者やそれに匹敵する長年の経験者がいらっしゃる歌会と

そうではない歌会、即ち比較的若い世代や初心者同士の集まり等があります。

それぞれに特徴があり、どちらが良い悪いとは一概には言えません。

私が主に参加している「塔」の月例歌会の場合、雰囲気は自由でフラットであり、

選者の御意見を伺う講義や授業といった場では無いですし、

歌会は選者のみならず、参加者全員で作り上げていくものだと思います。

 

その前提で敢えて言いますと、何十万首も詠草を読み選び評する選者がいる歌会では、

作歌におけるコツやツボをコンパクトにまとめ、参加者へ「おみやげ」のようにして

手渡してくれるときが多いように思います。

例えば先月の茨城歌会では選者から「短歌は説明ではなく描写」という言葉があり、

今回の東京歌会では「短歌のなかに〈愛○〉(愛妻・愛車・愛犬等)を使うのは

あまりよくない、愛しさの表現を探るべき」という発言がありました。

そのおみやげはとても嬉しく、有難いものです。 

落とさないよう握って持ち帰り、ときどき取り出して、眺めたりするのです。

(このブログもおみやげ保管庫にしたいという目論見があったのですけどね)

 

しかしながら選者の批評・鑑賞は、絶対的な結論でも正解でもないと思います。

選者が複数いらっしゃる歌会ですと意見が分かれることもままありますし、

その議論を聞くのも密かに楽しかったりします。

読みの内容はあくまで参考であり、むしろ詠草の読みどころを探り、見出し、

試行錯誤しながらも、限られた時間の中で端的に伝える言葉の選びかたを聞く。

歌意の正解をゴールのように定めて当てにいくより、歌を読み解くために向き合う、

歩み寄ってゆく道筋そのものが、大切なのではないでしょうか。

その道筋を示せるのは、選者のかたとは限りません。

短歌をはじめたばかりという参加者の新鮮な意見にハッとする機会もよくあります。

長く旅してきた人から渡されるおみやげだけが目的ではなく、

旅の途中の人々が拓いていくそれぞれの道筋を共に辿るために、

私は歌会に通っているのだと思います。

 

さて、ブログに何も画像が無いのも寂しいのでこちら。

 

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懐かしい「ローマの休日」をTVで観ていたら

真中さんによく似たひとが出てきて、笑ってしまいました。

グレゴリーではありません。

オードリーでもありません。

皆で読む・時を経て読む <ゼクエンツより>

Twitter上で、1月24日のつぶやきのひとつが目に入りました。

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はま松さん@濱松哲朗 ‏@symphonycogito 

木管の一人にたのむ そこ切つてください、ロマン派ではないので

ふれがたく黒白〔こくびやく〕の鍵盤〔キイ〕整列す美しい音の棺のやうに

/河野美砂子『ゼクエンツ』

1首目、オケ出身勢なら「あ〜分かる〜」となるんじゃないか。

 

これ、演奏する時にひと息のフレーズをどこまでと取るか、という解釈の相談で、ロマン派ではない=古典派以前、ということで、ピリオド奏法的に楽譜のスラーに忠実にやりましょう、ってことになるわけだけど、そういうこと知らなくても「ロマン派じゃないと切るんだ?!」って驚きに繋がる気がする。

 

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 うお、と声が出ました。

「ロマン派」の歌の謎が、7年を経て解けたのです。

 

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この河野美砂子さんの歌の初出は「塔」2009年8月号の<月詠>だと思います。

月詠>とは、塔会員が毎月10首ずつ提出し、月替わりの選者による選を経て、

3か月後に結社誌上へ掲載される作品の通称です。

私はその2009年度に「選歌欄評」という頁を担当していて、

真中朋久さん選の会員作品の批評を執筆していたのです。

 

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以下、小文を引用します。

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木管の一人にたのむ そこ切つてください、ロマン派ではないので 

                           河野 美砂子

クラシック音楽の教養がほとんど無い私。お恥ずかしいことに木管もロマン派も、よくわからない。そことはどこ?切るって何を?なのに、この歌に魅かれる。区跨りをいとわず、発した言葉そのままを詠んでいる。ロマン派の楽曲は長大になりがちとのこと。演奏を引き伸ばす木管楽器奏者に、作者が丁寧に、だがきっぱりたのむ場面を想像する。それはまるで万事における冗長さ・緩さ・甘さを断ち切る台詞のようで、小気味よいのだ。知識が有っても無くても、からだのまんなかを射抜かれる作品がある。音楽にも短歌にも。

 

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この歌は美砂子さんの第二歌集『ゼクエンツ』(2015年5月発行)に収録されました。

 

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あとがきに「Sequenz」は音楽用語(ドイツ語)で、

「音高を変えながら繰り返す、同一音型」というニュアンスだろうか、

とあります。美砂子さんはピアニストとしても活動中なので、

音楽をテーマにした短歌作品も多く詠んでいらっしゃいます。

そして濱松さんも塔の会員であり、交響楽団に所属する音楽知識が豊かなかたです。

彼のつぶやきで、目の前がひらける思いがしました。

文頭では「謎が解けた」と書きました。が、ほんとうをいえばやっぱり音楽音痴(?)

なので、濱松さんのつぶやきの意味の、おそらく半分も理解できていません。

それでも、楽団の人々の相談の様子、本番までの丹念な練習や緊張感が想像できます。

私にはぼんやりとしか視えなかった歌が、しっかりと輪郭を帯びてきました。

濱松さんに解釈のヒントを分けてもらえたことが、とても嬉しいのです。

同じ作品を複数の眼で鑑賞すること、さらには折に触れ読み直してみること。

塔短歌会の掲げる「読むよろこび」を、改めて教わったように思います。

 

ちなみに濱松さんは、塔の若手男子を「おそ松さん」の6つ子になぞらえる試みで

愛すべき長男坊ポジションにあるのですが、今回の記事が長くなりましたし、

機会を改めて。て!あああまたもや自ら宿題を上乗せしたか。

いえね、おそ松さんについては私もつらつら語りたいことがあるのでしてね……。

 

※追伸※

角川短歌年鑑・平成28年度版に掲載、小原奈実さん(本郷短歌)による

『ゼクエンツ』評、聴覚から深く掬いだす解釈が美しい、としみじみ拝読しました。

なみたん……。

 

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※おまけ※

2009年8月号、美砂子さん作品の隣の頁の企画「仏像を詠む」の表紙がCOOLで、

当時も評判を呼びました。切手コレクションの写真!

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笹井宏之さんのこと

短歌をはじめてから、私の交友関係は何倍・何十倍にもひろがりました。

インターネットの力もあって地域や年齢や性別を越えた知己ができ、

とてもうれしく思っています。

しかし、友人知人が多くなるとは、訃報に接する機会も増えるということです。

きょう1月24日は、歌人・笹井宏之さんの命日です。26歳でした。

 

  眠ったままゆきますね 冬、いくばくかの小麦を麻のふくろにつめて

                     『えーえんとくちから』PARCO出版 

 

「塔」誌の2009年5月号に掲載された小文を転記します。

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2005年、私はインターネット上で短歌に触れ、枡野浩一氏の「かんたん短歌blog」へ投稿をはじめた。様々な個性の揃った投稿者のなかに、ひときわ独特の光を放つひとがいた。

  すじすじのうちわの狭い部分からのぞいた愛という愛ぜんぶ

   (集英社『ショートソング』収録)

彼が、笹井宏之さんだった。投稿者は互いのブログを行き来し、コメントやトラックバックを付けて交流していた。そうして私は、笹井さんが長期療養中と知る。だが彼はそんなことは感じさせず、精力的に歌を発表していた。笹公人氏主催の投稿ブログ「笹短歌ドットコム」でも、彼の光は鮮烈だった。

   さすらいの蜂蜜売りは知っている 馬場さんが欅だったことを

    (扶桑社『念力短歌トレーニング』収録)

ほどなく彼は第四回歌葉新人賞を受け、のちに副賞として歌集を上梓した。これも、オンデマンド出版としてネット上で販売され、大きな反響を呼んだ。やがて笹井さんは「未来」へ、私は「塔」へ入会し、投稿よりも互いの結社が作歌の中心となった。彼の歌は歌壇内外の人々を魅了し、活躍の場をみるみる広げていった。そんな彼を眩しく見つつ、オンラインのコミュニティサービス、mixiでやりとりを続けた。語り口自体が詩のような日記やメールから滲む人柄に、私は安らいでいた。

だが、今年(2009年)の1月24日。彼はインフルエンザを悪化させ、心臓麻痺を起こした。その訃報を知ったのも、ネット上でだった。佐賀在住の彼と茨城の私は、一度も顔を会わさず、声すら交わさなかった。なのに、その不在が受け容れ難い。パソコンの電源が不意に落ちたように、かき消えてしまった彼。ネットという場が無ければ、笹井宏之という稀有な歌人は生まれなかったであろう。だが、ネット媒介ゆえの実体の薄さと(ある意味)特殊な境遇へ、夭折という要素が加わったことにより、彼の存在は今後、徒に神格化されてしまうかもしれない。早世を惜しむ多くの記事を読みながら、私は彼が「崇め奉られる」ことをおそれる。私が接し得たのは、彼のほんの僅かな一面だ。しかし、持病により身めぐりすべてに体を痛めつけられ、世界を厭いつつも、愛おしんでいたと知っている。彼は優しさと激しさをもちあわせた、生身の青年だった筈だ。彼のブログ「些細」には、命日以降、管理人の承認待ちのコメントが書き込まれ続けている。mixiのログイン記録で彼の欄は、ずっと“三日以上”前のままである。プロフィール画像には、伏し目がちの横顔が、ずっと微笑んでいる。

   拾ったら手紙のようで開いたらあなたのようでもう見れません

     (ブックパーク『ひとさらい』収録)

 

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同じ号に掲載された私の作品です。

 

二十六歳(にじゅうろく)の死亡記事欄を切り抜きし矩形を睦月の風はくぐりぬ

           (塔2009年5月号・吉川宏志選)

 

訃報の切り抜きを歌集に挟んでおいたはずですが、見当たりませんでした。

私は7年間で3回の転居をしたので、どこかに紛れたのでしょうか。

事務的な記事を見返すのがしんどくて、処分してしまったのかもしれません。

はじめて笹井さんの作品を読んだ時の、「こんなすごい人がいるんだ」という、

背筋がぞっと凍りつくような、それでいて、この人がこれからどんな歌を

繰り出してくるんだろう、と、お腹の底からわくわく沸騰するような、

不可思議な感触。

2005年10月23日、歌葉新人賞公開選考会の席に、私もいました。

受賞が決まった瞬間の拍手、笹井さんの短歌が今後もっと拡がるんだ、という高揚。

あのときの気持ちはもう二度と味わえないのですが、「すごい人」がいなくなっても、

「すごい歌」はずっと残ります。 

7年が経ちました。

私のような感傷に引きずられず、彼の歌がきちんと検証されるときが

いずれ来るだろう、と思ったりします。

 

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写っている『八月のフルート奏者』(書肆侃侃房・2013年)は、

お父様である椀琴奏者の筒井孝司さんから頂戴した、思い出深いものです。

2013年11月30日の「新鋭短歌シリーズ出版記念会・懇親会」における

短歌コンテスト企画で、特別賞を受けた際の記念品でした。

    星の死の一部でありしわが生を十億年の蠍がわらふ

    そそぐべきうつはを持たずこの冬の水は涙として落つるのみ

    歳月の手形のやうに額を吹く風、その風に手を合はせたり 

そうだ、笹井さんはねこ好きでした。

ささいさん、私もねこと暮らし始めましたよ。

    透けてゆくやうに丸まりたる猫を朝陽の中にそつと掴みぬ 

                     『八月のフルート奏者』

 

 

大雪根雪万年雪(塔・茨城歌会参加記)

 昨日18日、私の住む埼玉は大雪に見舞われました。

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15cmほど積もったでしょうか。おおゆき、というと北国住まいのかたに笑われそう。

本日は陽射しが良く、だいぶ溶けてきています。

さて気が付けば一週間以上前になってしまいましたが、

1月12日に、塔の茨城歌会に参加してきました。

塔短歌会の特長のひとつに地方での歌会の充実があり、

仙台から鹿児島、ブラジル・サンパウロまで、40近くの地方歌会が運営されています。

また、選者もしくは選者に準ずるかたが地方に派遣される制度もあります。

増え続ける全国の会員のフォロー、また結社の活動が京都や東京といった

大都市に集中するのを避ける意図もあるでしょう。

茨城歌会は、私が茨城県に住んでいた当時から、8年程お世話になっています。

歌歴の長い大先輩のいらっしゃる集まりで、私は子どものように、

また私の娘や息子は孫のように接していただき、ほんとうに有難かったです。

ちょうど今月、2016年1月号の「塔」に、当時を詠んだ歌が掲載されています。

 

   歌会の部屋の隅にて子のおむつ替えし日もあり 畳の匂い  (永田和宏選)

 

そして近年は私が取りまとめ係も務めておりましたが、2016年からは諸事情により

変化がありました。そのあたりは、昨年の塔12月号「地方歌会の一年」に寄せた小文を

転記させていただきます。まっまた手抜きじゃないですたぶん!

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本年度の茨城歌会は、昨年までの会場であった土浦駅前ビルの改装に伴い、場所を牛久駅前エスカード生涯学習センターへと移しました。しかし、主要メンバーがごく少人数であるため都合調整が難しく、二か月に一回・一年に六回開催の予定が、五月と七月と、二回のみに留まってしまいました。更に茨城県内在住の会員の参加増加がなかなか望めず、従来メンバーから休会の申し出もあり、歌会の存続自体が危ぶまれる状況となっておりました。そこで三井修さんのご提案により、二〇一六年一月より、会場を取手福祉会館に移し、再出発させていただく運びとなりました。千葉県内・東京都内からもアクセスしやすくなったかと思います。詠草受付も、今後は我孫子市在住の中澤百合子さんにお任せすることとなりました。基本的に従来通り、奇数月の第二日曜開催・自由詠二首の提出となります。近郊の皆様は是非ご参加下さいますようお願い申し上げます。アットホームで奇譚のない意見交換ができる、中身のぎゅつと濃い時間が茨城歌会の持ち味でした。新たなかたちで、より充実した会となりますように。 

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今回は取手に移って初めての会で、取手駅から徒歩3分の「ウエルネスプラザ」という

新しくきれいな施設のセミナールームで行われました。

参加者は9名で、それぞれが自由詠を2首提出、選歌はせず順番に評し、

最後に作者解題をするスタイルです。

今回は塔の選者である三井修さんが参加してくださったので、

ディスカッションが一段落したら三井さんにまとめていただく形となりました。

歌会では選者の詠草も無記名で混じっていますので、同じように評するわけです。

大ベテランも新入会員も、壁を作らず等しい立場で評を交せるところが、

塔の歌会の良さだと思います。

また、選者、もしくは短歌における識者、「先生」(塔では基本、呼びませんが)

とされる人がいる歌会・いない歌会について、私なりに考えるところもあります。

が、また別の機会に宿題として書きたいと考えています。

 さて、今回の私の詠草2首のうち、1首はどこの場にも発表しないと思いますので、

ここに曝しますね。もう1首は、うん、未発表でとっておきます(欲の皮)

 

   フォルダには根雪のように残りおり「既視感あり」と評されし歌

 

「根雪」から気持ちの冷え、寂しさ、わだかまりなどを読み取っていただけました。

「フォルダ」を紙を挟んだものかと読んだ方もいらっしゃいましたが、

三井さんから「フォルダー」ならいわゆる書類綴じで、「フォルダ」ならば

PCでの保管場所を指すと解説がありました(私もPCデータを意図しました)

また、「根雪」だと春が来れば溶けてしまうので、保存すれば消えないフォルダの

比喩としては疑問、「万年雪」ならまだ筋が通るとも指摘されました。

白状すると、私の「根雪」への認識不足でした。。。もの知らず。

でもなにか「万年雪」ということばはしっくりこないので、

それこそフォルダへ寝かせっぱなしの、日の目を見ない歌になりそうです。

そして短歌の批評でときおりつかわれる「既視感」という言葉にも、

いろいろと思うところがあるのですが、これもいずれ機会があれば(また増える宿題)

 

茨城歌会の人数は少なめですが、そのぶん一首にじっくり取り組める充実の会です。

次回は3月13日、近隣の方はぜひご参加ください。

塔の会員以外の方の見学も承っております。宜しければお声がけください。

 

超結社歌会と、所属について

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1月9日は月に一度の「ロクロクの会」へ行ってまいりました。

昨年6月6日に発足した歌会で、30〜40代の女性十数人から成っています。

ちなみにこの日に習い事を始めると、上達するという言い伝えがあるそうです。

(6歳の何倍にもなっている私たちではありますが)

全員がいずれかの結社に属し、歌歴が長いメンバーばかりです。

作歌11年目の私が一番短いくらいではないでしょうか。

 

歌会の詠草は題詠と自由詠、一首ずつがメンバーから事前にメールで提出され、

持ち回りで担当する司会進行者が詠草集にまとめます。

選歌投票ののちに批評をしあい、作者解題は最後です。

会場は都内の貸会議室利用の4時間ほどで、いつも時間が足りなく感じます。

キャリアも華もある歌人揃いなので詠草も討論も、すごく濃く面白いのです。

今月の題詠は干支に合わせ「猿」でしたが、それはもう強い猿が並びました。    (どんなだ)

未発表作なのでここでは掲載できないのですが、

私の詠草には以下のような評をいただきました。

【猿の歌について】

・初句の大切さ(毎回のロクロクの会キーワード的です)

・軽い導入から日常の一コマをなだらかに述べ、素直な感じ

・説明的な語を繰り返しているのは疑問、臨場感がある別の言葉を探しては?

・現実の生きた猿を詠ったのはこの歌だけ

・舞台をイメージできる固有名詞、地域や山の名などを入れたほうが良い

【自由詠について】

・なにげなく、無駄な力が入っていない

・情景描写に徹し、登場人物の人となりや姿が見えてくる

・こまかく観察しているが丁寧すぎるきらいもある

・同じ言葉を二度ださず、表現にもうひと工夫できないか

……等々。

 

さてこの会では毎回、それぞれの結社で選歌基準や鑑賞の視点、

批評用語などに違いを感じるのが、とても面白いです。

二次会でも結社間の話は盛り上がり、ぼんやり感じている結社間の特色を

なんとか分析し言語化し系統立てできないか!あー!と(酔っぱらいながら)

話しておりました。

同じ結社の中でも選者の欄により雰囲気が異なる、という話も興味深く聞きました。

塔は選者が固定制ではないので、あまり個性が出ないようでいて、

逆によく言われるような全体としての「塔っぽさ」が感じられます。

こういった話題も超結社の会ならではです。

私たち30〜40代の壮年歌人は10〜20代の青年歌人・50〜60代の熟年歌人に挟まれて

中間管理職的な立場だねーという話も。更に上の70〜80代バリバリ現役歌人もいて。

それから、もっとみんな気軽に結社へ入ってもいいのにね、という話もありました。

怖い・固い・きつい・簡単に辞められない、といった4K(勝手に私が名づけた)は

話を聞く限りいずれの結社でも無いですし、合う合わないは実際に入ってみないと

なんともわからないことです。結社の中でも欄で違いがあるのですし。。。

ご自身の心惹かれる歌をうたう歌人の所属する結社が一番の近道かとは思いますが、

結社誌を取り寄せたり、経験者に話を聞いたり、歌会を覗いたりで比較検討してみて、

考えた結果が無所属でも、全然かまわないと思うのです。

そういった手助けも壮年がやっていければな…と10年目にして思います。

私は勿論まだ育てられている身ですが、短歌のような「場」を必要とする文学は

バトンやバケツリレー(いや、どうなんだろうこの喩え)のように

人の力で、意志を持って、<繋げていく>ものだと思うのです。

 

さて来月のロクロクの会は、私がお題を決める名誉をいただきました。

2月にあわせてちょっとひねった題にしたので、どんな歌が読めるか楽しみです。

(自分の首を絞める)

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(二次会の塚田農場で昇進!した某さんのお祝い)